伊能忠敬は、初めて日本地図を作った偉人として有名ですね。なんと50歳で隠居した後56歳から日本中を歩きまくって、測量し、地図を作ったのですからどれほどの距離を歩いたのか想像を絶する距離のはず。そして何より健康でなければ測量も地図作製も続けられなかったはずですよね。そんな伊能忠敬の健康法、ウォーキングに注目してみました。8月6日のテレビ番組「しくじり先生」でも、オリラジ中田敦彦さんが伊能忠敬について、「しくじり偉人伝“伊能忠敬”」「地図を制する者は世界を制す!」で詳しく解説されるようです。

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伊能忠敬は意外にも「超」病弱だった

もちろん日本地図を作った、江戸時代後期の測量家として知られていますが、「健康」という面からみると、とてもとても病気がちで、日本を歩きまくるような体力があるようには全く思えないほど病弱だったようです。

病気に悩まされていた

伊能忠敬は、病気持ちで、ぜんそくで特に咳に悩まされていて、歯も悪く硬いものが食べることができず柔らかいものに偏った食事をしていたのです。特に生の魚や、すり身、湯葉など栄養も偏っていたと思われるのですが、実はそうではなかったようです。
ただ、ちょっと疑問なのは、咳に悩まされていたにも関わらず、ちょっと「一服」するのがやめられなかったようです。

栄養バランスがとれた食事だった

歯が悪く、食べるものが限られてはいたようですが、その「粗食」がかえって健康状態を保つことに役に立ったようです。粗食といっても栄養バランスのとれた食事で、腹八分目であったことが功を奏したのです。
食材としては、魚や鶏肉、卵などの良質なたんぱく質を摂り、野菜類も、根菜やキノコ、菜葉類を食していたことが記録に残っています。

病弱の伊能忠敬のウォーキング健康法

71歳まで毎日歩いて測量を続けた伊能忠敬は、亡くなる1818年まで、測量のために歩いた総距離は何と、3万5000kmです。これは地球一周が約4万kmですから、相当な距離であることがわかりますね。

ただ、歩き続けるのではなく、同じ場所を何度も行き来しながら、測量し、確認する作業を繰りかえして、その総距離が3万5000km。年齢が年齢だけにゆっくり歩いたことは想像できますが、力みのない「歩き」と測量のための「立ち止まり(休憩も含む)」が健康的には良かったのかもしれません。

でも、ウォーキングだけで健康を保っていたとは考えにくいですね。食事が粗食であるにもかかわらず栄養バランスがとれていたことも影響していますね、きっと。

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伊能忠敬の健康の元は「恋」にもあった?

伊能忠敬は4人の女性と生涯をすごしたと言われています。常に、妻、もしくは恋人、妾のような存在がいたのです。病気持ちで、食べるものもほぼ粗食であったのですが、「色恋」には抜け目がなかったのです。これ、もしかして健康長寿のある種の秘訣かもしれませんね。どうなんでしょう・・・^^;

伊能忠敬がウォーキングで稼いだ額は35億どころではなかった!

ちょっと健康法の話とはズレますが、伊能忠敬は非常に商才があったのです。
ブルゾンちえみの♪♪~35億~♪、がとても流行っていますが、伊能忠敬が稼いだ金額も35億ともいわれていますが、実はそれどころではなかったのです。

もともと千葉県佐原の造り酒屋・伊能家の名士で、資産は現在の価値で5億円もあったのです。さらに、今の時代では考えられませんが、50歳で隠居するのですが、それまでになんと約100億円もの資産があったと言われています。56歳から日本地図の制作のために働き始めるのですから、その報酬も合わせると・・・すごい金額になりますよね。

まとめ

健康のため「ウォーキング」をしている人は多いでしょうが、やはり健康は総合的に「成る」ものなんですね。軽い運動を毎日続けることの継続性と食事の内容が、健康維持に大きく影響していることがわかりますね。無理せず続けることが大切です。

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